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研究内容(詳しい人向け)

1. ボツリヌス毒素の宿主侵入機構

 ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は土中に芽胞の状態で広く存在し、嫌気性条件下で発芽・増殖してボツリヌス毒素を産生する。ボツリヌス毒素は末梢神経シナプスにおける神経伝達物質の放出を阻害する神経毒素であり、本毒素を含む食品を経口摂取したヒトなどの動物は、運動神経麻痺を主症状とするボツリヌス中毒症(食餌性ボツリヌス症)を発症する。また、乳児や、抗生物質により腸内細菌叢が撹乱された成人が芽胞を含む食品を摂取すると、腸管内でボツリヌス菌が発芽・増殖し、腸管ボツリヌス症(それぞれ乳児ボツリヌス症、成人腸管定着性ボツリヌス症)を発症する。
 我々はこれまでに、ボツリヌス毒素複合体が腸管バリア破壊活性を持つこと、ボツリヌス毒素複合体が腸管パイエル板に存在するM細胞から取り込まれることを明らかにしている。ボツリヌス毒素は複合体として産生され、L毒素はボツリヌス神経毒素、Hemagglutinin(HA)、non-toxic non-HA(NTNHA)から構成される。このうちNTNHAは毒素を消化酵素から保護し、HAは細胞膜上の糖鎖およびE-cadherinへの結合能を有する。HAは細胞膜上のE-cadherinに結合することで細胞間接着を阻害する作用を有しており、これにより腸管上皮のバリア機能が低下する(Matsumura, T. et al. Cell Microbiol. 2008. Sugawara, Y. et al. J. Cell Biol. 2010.)。HA1, HA2, HA3のサブコンポーネントからなるHA複合体の結晶構造を解析したところ、巨大なトリスケリオン構造を持つことが明らかとなった(Amatsu, S. et al. J. Biol. Chem. 2013)。さらに、A型ボツリヌス菌の産生するL毒素は、毒素複合体を構成するHAがM細胞表面の受容体GP2に結合することによりトランスサイトーシスされることが腸管からの侵入に重要であることを見出した(Matsumura, T. et al. Nature Commun. 2015)。腸管上皮においてE-cadherinは側基底膜側に局在することから、まずM細胞によって取り込まれたL毒素のHAが内側から上皮バリアを破壊し、より多くの毒素の侵入を招くというモデルを提唱している(Fujinaga, Y. & Popoff, M. R. Toxicon. 2018)。


 
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 一方、B型ボツリヌス菌の産生するL毒素はA型とは異なる腸管内局在を取ることを見出している。すなわち、B型L毒素はA型とは異なる侵入機構を有すると考えられる。現在、B型ボツリヌス菌のHAに着目し、粘膜バリア透過性の解析や、腸管上皮細胞における取り込み受容体の同定を試みている。

 我々が見出したボツリヌス毒素の巧妙な生体侵入機構を応用した粘膜ワクチンの開発にも取り組んでいる。具体的には、ボツリヌス菌HAが粘膜ワクチンアジュバントとしてマウスモデルにおいてワクチン抗原特異的IgAおよびIgGを誘導することを見出している。また、HAが持つE-cadherin阻害活性が、iPS細胞の効率的な培養に有用であることが大阪大学紀ノ岡先生らとの共同研究により明らかとなっている(Kim, M. et al. Biotechnol. J. 2018, Shuzui, E. et al. J. Biosci. Bioeng. 2019)。さらに、HAのE-cadherin阻害活性を維持したままタンパク質サイズを最小化したNanoHAを作製することに成功した(Amatsu, S. et al. J. Biol. Chem. 2023)。NanoHAは極小のE-cadherin阻害剤としてiPS細胞培養等への幅広い応用が期待される。今後も企業等と連携し、HAを始めとした細菌由来分子の応用展開を進めていきたい。

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2.ボツリヌス中毒における治療用ヒト型モノクローナル中和抗体の作製

 我が国においてはボツリヌス中毒の治療にウマ抗血清を用いているが、動物由来であることから血清病の懸念により乳児には使用できない。そこで、我々はより安全なヒト型中和抗体の開発を目指し、B型ボツリヌス毒素に対する二つのモノクローナル抗体(M2およびM4)を作製した。これらの抗体は組み合わせて使うことにより極めて高い中和活性を示し、B型ボツリヌス毒素による中毒の治療に有望であると考えられる(Matsumura, T. et al. Toxins. 2020)。現在は、A型ボツリヌス毒素に対するヒト型モノクローナル中和抗体の開発を進めている。

3. 腸管ボツリヌス症の全容解明

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 食品や環境から経口摂取されたボツリヌス菌芽胞は、生後およそ3週〜1歳未満程度の限られた期間の乳児や、成人においては抗生物質の大量使用や腸管に基質的異常のある場合にのみ感染し、腸管ボツリヌス症(それぞれ乳児ボツリヌス症、成人腸管ボツリヌス症)を発症する。一方で、健康な成人が本菌の芽胞を経口摂取しても感染は成立しない。乳児の腸内細菌叢が未発達であること、成人でも抗生物質の使用等により腸内細菌叢が乱れること(ディスバイオーシス)が感染の原因と考えられ、腸内細菌叢が本菌に対する感染防御に重要であると理解されているが、1980年代初頭に行われた一連の研究以降40年近くに及びボツリヌス菌感染モデルを用いた研究は報告されておらず、詳細な機構は不明である。我々は、腸管ボツリヌス症マウスモデルを用いて、ボツリヌス菌感染耐性を付与する腸内細菌の同定とそのメカニズムの解明を試みている。また、ボツリヌス菌感染時の宿主・ボツリヌス菌双方がどのような応答・挙動を示すかについて、病態の全容解明を目指している。
 ボツリヌス毒素複合体の生理機能は前述のように詳細な解析がなされているが、その他のボツリヌス菌由来因子が腸管定着やボツリヌス症の発症において宿主にどのように影響するかは不明な点が多い。我々は、ボツリヌス菌が産生する膜小胞(メンブレンベシクル:MV)が、腸管上皮細胞やマクロファージにMyD88/TRIFを介して自然免疫応答を誘導することを見出している(Kobayashi N. et al. Front. Microbiol. 2022)。また、ボツリヌス菌にはHA遺伝子を持たないものが存在するが、興味深いことに、それらの菌株は例外なくHA遺伝子の部位に機能未知であるOrfX遺伝子群(Orfx1, 2, 3およびp47)を有している。そこで、OrfX遺伝子群が腸管感染や毒素侵入に果たす役割を明らかにすべく、精製タンパク質や遺伝子改変菌株を用いて研究を行なっている。
 ボツリヌス菌のこのような限定した定着能が一体何によってもたらされるのかを常在細菌との比較解析により明らかにすることで、病原細菌-共生細菌-宿主の関係性について、普遍的な知見が得られるのではないかと期待している。

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